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2026.3.25 記載
先日、Twitterでのムーブメント及びハッシュタグ「#平和憲法を守る0320」に連帯して「#平和憲法を守る0320in広島」のスタンディングデモに現地参加してきた。
元々、以前からTwitterデモ等にはよく参加していて、簡潔ながら政治の発信もするアカウントなのだが、それらの活動と比べてデモに参加した旨のツイートひとつでこれまでになくフォロワーが激減した事に感じるものがあり、何か書いておきたいなと思った。
今後直近では、「#平和憲法を守る0325in広島」「#0329梅田改憲反対スタンディング」に参加予定な事もあり、所感を記事にまとめた。
(急いで書いた記事なので推敲が十分でなく、誤字等ありましたらご指摘いただければ幸いです)
思想を持たない人はいない。
居住している国・コミュニティなど、所属する文化に根ざした何かしらの思想を誰もが持っている。
思想は内容はそれぞれでも現代社会に生きているすべての人々が持っているもので、それに本人が自覚的かどうかという差しかない。
私自身は、右翼やら左翼やら以前に、特定の政党・政治家も支持していないし、勿論カルトや反社会勢力にも所属していない(特にカルトは個人的に被害を受けた過去もあり猛烈に嫌っている)
普段から政治に関心を持ち、選挙の際は政策内容でどこに投票するか一から調べ直して決定している。
民主主義国家の国民として当たり前の事をしているだけ。
そして一貫して反戦主義者・反差別主義者なだけ。
国がヤバい方向に向かっている際は主権者として反対する。
私は広島で平和教育を受けた原爆3世です。
祖母は被爆し生活拠点を失い、更に原爆症を発症し、後年は原爆症の後遺症と見られる疾患で亡くなった。
祖父は従軍経験のストレスからアルコール依存症になり家族に経済DVを強いた。
祖父母が戦争で損なったもののせいで、私の親は機能不全家族で育った。結果、正常な家庭を知らない私の親は、子供に自分がされた事を別の形で繰り返した。
孫の代の私も戦争のせいで壊れたものの悪影響を受けている。
戦後80年経っても戦争の傷は治ったりしていない。
戦争の傷は世代を超えても伝播する。
反戦主義である事、その理由を機会があれば他者に話す事も十代、二十代の頃から多かった。
その為、意識高い系などと冷笑仕草で嘲笑された経験も少なくない。
「思想強いね」
「日本も核兵器を持つべきだと思う」
「”悪い国”に初撃で核をぶち込んでしまえば平和になる」
上記は今まで対面で実際に言われた言葉です。
自民党に票を入れない事を非常識扱いされたり(「自民党にいれるのが間違いがない(ほかの政党は変な政党だと思っていて、政策で入れる党を選んでいない)」)、米国に妙な期待をしていたり(「トランプ氏は日本を助ける存在だ(トランプ氏のマッチョイズムを崇拝してる感じ。自国の首相でもない上に何故か盲信してる)」する人達に実際に言われてきた。
話した人が第三者に歪んだ悪いイメージで広島の平和主義・反戦的姿勢を伝え、広島は思想が強いから行かない方がいい場所だと外国人に吹聴していたケースもあって非常に落胆した。
個人的には戦争支持者、カルト信者、「自分は思想を持たないまともな人間だ!」と突然赤の他人を叱責し出す人たちの方がよっぽど思想が強い(勿論嫌味で書いてます)と思うし、経験上他者に対して攻撃的な事が多かった。
攻撃的、というか、それらがアイデンティティになってしまっていて、自己が否定されていると捉えて排除する反応が出ている、という言い方の方が近いかもしれない。
本来思想に強いも弱いもない。
そして、無辜の人々が虐殺される事に心が痛まない事が強さだというなら、そんな最低な強さなどいらない。
民主主義自体が国民ひとりひとりの政治に対するコストが重い社会だ。主権者は常に政治を監視する必要がある。とても面倒だ。でも、やる価値はある。
民主主義がなんなのか、義務教育で習ったはずの事を多くの大人は忘れたのかと愕然とする。政治家にお任せで政治を丸投げするのでは独裁国家と同じだ。
そもそも平和を求め、戦争に反対する事は文明社会に暮らす現代人として当然持つ根源的欲求で、いかなる誹りを受けるものではない。
戦争はどれだけ正当性を主張したところで悪である。
戦争反対と騒いで、結果的に杞憂で終わったならそれで構わない。
今後も「ヤバい」と思ったら騒ぐ。
それだけです。


デモ参加用に制作したプラカード2種

3/24に#NOWARBUNNY参加したのも意思表示です。
このムーブメントのきっかけになったイラスト削除・作者が謝罪に追い込まれた事態は弾圧に他ならない。
ひとりの表現者として、連帯していきます。
自由と平和はセットだから。
3/20の広島でのデモの翌朝、早朝に平和公園に散歩に行った。
実は朝早くに平和公園に来た事がなかったので新鮮な心持ちだった。
広島出身在住故、今まで幾度となく生活の一部として平和公園を訪れていたが、こういった情勢化で穏やかな曙光の中で見る原爆ドームの姿に様々な感情が去来した。
第二次世界大戦終戦後、ここまで80年間戦争を起こさせなかった先人達の悲願を思う。
自分自身と、すべての国の人々の安定した生活や安全を願う。
平和を願う事は未来へ希望を持つ事そのものだ。
“明日”が 続くよう、自分にできる事をしていきたいと思う。
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